デジタル化で飲食店から静かに消えていく無駄を損失の大きい順に並べた五つの深い理由

最も大きな無駄は日々捨てられていく食材の廃棄です

飲食店の内側に潜むさまざまな無駄を、損失の重さという物差しで順に並べていったとき、そのまぎれもない頂点に立つのは、日々の営業から絶えず生まれてくる食材の廃棄であり、これほど直接に店の利益を削り取りながら、これほど長いあいだ見過ごされてきた損失も、そう多くはありません。

廃棄が損失の最上位に来る理由は、その損失が単に食材の仕入れ費用にとどまらず、丁寧に仕込みへ費やした手間や光熱、さらにはその一皿から本来得られたはずの売上までもを、まとめて奪い去っていくところにあり、食材を一度捨てるごとに、幾重にも積み重なった価値が同時に失われていくからです。

廃棄が生まれてくる背景には、翌日の来客の数を読み違えてしまった作りすぎや、消費の期限を最後まで追いきれずに食材を傷ませてしまう管理の甘さ、そして品書きの構成上どうしても余りやすくなってしまう食材の抱え込みといった、いくつもの原因が複雑に折り重なって潜んでいます。

ここにデジタルの記録という仕組みを入れてやると、何がいつ、どれだけ捨てられているのかが日ごとにきちんと数字として残るようになり、これまで感覚ではまるで見えなかった廃棄の型がはっきり浮かび上がってきますので、その原因ごとに手を分けて対処していくための足がかりが、ようやく店の手に入ります。

過去の来店の実績と天候の記録とを重ね合わせて翌日の客数を見積もれるようになれば、仕込みの量を実態のほうへ無理なく近づけられ、作りすぎに由来する廃棄をまず真っ先に削っていけますので、これまで勘だけを頼りに多めに構えていた頃の余剰が、目に見えてはっきりと縮んでいくようになります。

在庫を数字できちんと管理し、消費の期限が近いものから順に使っていく流れをきちんと組み立てれば、棚の奥で眠ったまま静かに傷んで捨てられていく食材が着実に減っていき、翌日以降の仕入れの計画も、過去の消費の記録に素直に沿うかたちで無理なく立てられますので、廃棄は仕入れの段階からすでに抑えられます。

日々の廃棄の記録は、品書きそのものの見直しにも大いに役立ち、もし特定の食材ばかりが何度も繰り返し捨てられているのなら、それはその食材を使う料理の組み合わせや分量のどこかに無理が潜んでいる確かな証拠として読み解けますので、数字は献立の設計図そのものまでも、静かに正していってくれます。

どうしても削り切れずに残ってしまう食材についても、デジタルの仕組みは、早じまいの案内や余った食材を生かした一品の告知を素早く客へ届ける助けとなって、捨ててしまう前に売り切ってしまうための道を大きく広げてくれますので、廃棄を減らす戦いは、厨房の中だけでなくその外へも広がっていきます。

廃棄を減らしていく取り組みは、単に店の利益を守るというだけにとどまらず、限りある食材を粗末にせず大切に扱うという姿勢として、客や地域の人々からの信頼にもまっすぐつながっていきますので、数字の上での地道な改善が、店の評判という目に見えにくい大切な資産までも、静かに育てていってくれます。

この序列の最上位に位置する無駄に真っ先に手を付ける価値がとりわけ高いのは、そこで削った分がほとんどそのまま利益として手元に残るからであり、売上を新たにゼロから積み増していく苦労と比べれば、廃棄を締めていく取り組みは、はるかに確実で目に見えやすい見返りを、店へ約束してくれます。

だからこそ、無駄の序列を上のほうから順に崩していこうとする店は、まずこの食材の廃棄という相手と、真正面から向き合うべきであり、日々出てしまう廃棄をごまかさずに数字として残していくその習慣こそが、序列の頂点を静かに、しかし確実に切り崩していく、記念すべき最初の一手になっていきます。

次に重いのは人の手が空回りする時間の無駄です

食材の廃棄に次いで飲食店の利益を裏から蝕んでいくのが、せっかくの働き手の時間が、本来の価値をまるで生まない作業のほうへと少しずつ吸い取られていく無駄であり、これは目に見えにくいぶん、長らく損失として正しく数えられてこなかった、たいへん厄介な相手だと言えます。

注文を厨房へと運び、会計を打ち、予約の電話を受け、在庫の数を数えるといった一つ一つの作業は、そのどれもが店に欠かせないものである一方で、それ自体は料理の味も接客の温かさも生み出しませんので、削れる部分を削っていけばいくほど、店の持てる力が本業のほうへと自然に集まっていきます。

この時間の無駄が損失の序列の二番目に重く位置づけられるのは、人手が細っていくほど飲食店が抱える悩みの中心を占めるようになり、限られた働き手の時間をいったいどこへ振り向けるのかという判断が、そのまま店の生き死ににまっすぐ直結していく、そういう時代へと私たちが入ってきているからにほかなりません。

客が自分の手元の画面から注文を進めていく仕組みを店へ入れてやれば、これまで席と厨房のあいだを何度も往復して注文を取っていた動きがぐっと減り、その分だけ浮いた時間を料理の提供や客への細やかな目配りへと回せますので、まったく同じ人数のままでも、店の回り方がひとまわり軽やかになっていきます。

会計を客自身の手で済ませてもらう仕組みをそこへ添えれば、一日の締めにあたる忙しい時間帯に、会計へばかり人手を取られてほかが手薄になってしまうという事態を避けられて、どれほど混み合う瞬間でも接客の密度をきちんと保てますので、忙しさの山を、人をむやみに増やすことなく越えていけるようになります。

予約の受け付けそのものを画面のほうへと移してしまえば、営業のさなかに鳴り続ける電話へいちいち手を止めて応じなければならない場面が薄れていき、目の前にいる客への集中がぷつりと途切れずに済みますので、電話への対応という、ふだんは見えにくいかたちで起きている時間の流出を、まとめてせき止められます。

在庫の数や勤務の記録を数字のかたちで自動的につなげてやれば、閉店後にわざわざ紙の束をめくって数え、それを別の場所へ書き写していくといった作業が縮んでいき、働き手を夜遅くまで店に縛りつける時間そのものが短くなりますので、その負担の軽さが、そのまま人が長く働き続けてくれる定着へとつながります。

こうした時間の無駄を削っていく本当の狙いは、決して人を減らすことにあるのではなく、今いる人の貴重な時間を、より価値の高い仕事のほうへと移していくことにあり、そうして空いた手が客一人一人の食事へと向かっていくほど、効率化がかえって、店の接客の厚みそのものを増していくことになります。

時間の使い方を根本から見直していくには、まず一日のあいだに発生する作業をひととおり書き出してみて、味や接客を実際に生み出す仕事と、そうでない仕事とに丁寧に仕分けていくところから始めると、いったいどこで人の手が空回りしているのかがはっきりしますので、この仕分けの作業こそが、あらゆる改善の出発点になります。

空回りしている時間は、一件ごとに見ればごくわずかな小ささでしかありませんが、それが一日、そして一月と積み上がっていけば相当な量となってしまい、その総和が結局のところ人件費というかたちで、店の利益を静かに圧迫し続けていますので、小さな無駄ほど、その件数を掛け合わせて本当の重さを見極めてください。

人の手を本来の価値のほうへと集めていくこの取り組みは、食材の廃棄ほどには損失が目立たないぶん、つい後回しにされてしまいがちですが、削った時間が接客と料理の双方へと同時に回っていくという二重の効き目を確かに備えているため、損失の序列の二番目に据えるにふさわしい、確かな重みを持っています。

三番目は取り違えの手直しに費やされる無駄です

順位を一つ下げて三番目に挙げておきたいのは、注文や会計の取り違えがひとたび起こるたびに発生してしまう、料理の作り直しや代金の返金といった手直しの無駄であり、これは一件ごとの直接の損失に加えて、店が長年かけて築いてきた信頼までもを静かに削っていく点で、決して見過ごせません。

手元の紙や、その場の口伝えだけに頼って注文を回していると、聞き間違いや書き違い、伝え忘れといった行き違いが一定の割合でどうしても紛れ込んでしまい、間違った料理を作り直すための食材と手間、そして客をいたずらに待たせてしまう時間とが、そのたびに損失として静かに積み上がっていきます。

この取り違えの無駄が序列の三番目に位置づけられるのは、食材の廃棄や時間の無駄ほどにはその総量こそ大きくないものの、間違いが起きたその瞬間に客の目の前で不満を生み、もう一度この店を訪れたいという意欲を削いでしまうという、金額の帳簿には表れにくい二次の損失を伴っているからにほかなりません。

注文の内容を、客の席から厨房へと画面を通じて直に送る仕組みを入れてやれば、人の手を介して口頭で伝えていく段の数そのものが減っていき、そこに聞き違いや書き違いが入り込む隙がぐっと狭まりますので、そもそもの作り直しの数を、それが起きてしまう前の段階から元を断って抑え込んでいくことができます。

会計の金額を自動で正確に計算していく仕組みは、人の手による打ち間違いから生じる代金の過不足を未然に防ぎ、締めの数字がどうしても合わない夜に、その原因を探して遅くまで店に残り続けるという徒労を減らしてくれますので、数字の正しさが、そのまま働き手の余計な負担までも一緒に軽くしてくれます。

口にあわない体質に関わる注文の取り違えは、単なる料理の作り直しでは到底済まされない、重い結果を招いてしまいかねませんので、注文の一つ一つの内容を記録として明確なかたちで残していく仕組みは、店の損失を防いでくれるのと同時に、客の身の安全そのものを守るための、確かな備えにもなっていきます。

取り違えが目に見えて減っていけば、これまでその都度、謝罪と料理の作り直しへと割いてきた気力や時間が大きく解放され、働き手が落ち着いた気持ちで本来の仕事へと向かっていけるようになりますので、忙しい現場にどうしても漂いがちだった、あの張り詰めた重い空気までもが、しだいに和らいでいきます。

日々の手直しの記録をきちんと残しておけば、いったいどの工程で、どんな種類の間違いがとりわけ起こりやすいのかが少しずつ見えてきて、注文の受け方や厨房の段取りのどこに弱みが潜んでいるのかを突き止められますので、記録は、同じ間違いの再発を未然に防ぐための、頼りになる一枚の地図として働いてくれます。

間違いをなくしていく取り組みは、うっかりした働き手を責める方向へと進めるのではなく、そもそも間違いそのものが起こりにくい仕組みを丁寧に整えていく方向へと進めていくべきであり、一人一人の注意力にただ頼りきる運びから、店の仕組みでしっかり支える運びへと移していくことこそが、その肝心な要になります。

一件の手直しが招く損失は、作り直したその一皿の原価だけを取り出して数えるとごく小さく見えてしまいますが、そこで失った時間と、目に見えないかたちで損なわれた客の信頼までをきちんと含めて数え直せば、その重さは決して軽いものではありませんので、こうした隠れた費用までを、しっかり見積もっておいてください。

取り違えという無駄は、店の仕組みを正しく整えてやれば大きく減らせる余地が十分に残されており、そこで削った労力が、そのまま接客の落ち着きへと姿を変えていくという点でも取り組む価値が高いので、損失の序列の三番目にしっかりと据えておくにふさわしい、確かな手応えのある相手だと言えます。

四番目は埋まらない席と予約の取りこぼしの無駄です

損失の序列で四番目に置いておきたいのは、本来なら客を迎え入れられたはずの席が、だれも座らないまま空しく時を過ごし、あるいは受けられたはずの予約をみすみす取りこぼしていくという、機会そのものを逃してしまう無駄であり、そこで失われた売上は、目に見えないだけにいっそう厄介です。

席という資産は、使われないまま過ぎてしまった時間を、後からもう一度取り戻すことが決してできないという性質を持っており、だれも座らず空席のまま過ぎ去ってしまった一時間は、もう永遠に戻ってきませんので、埋まらなかった席は、捨てられてしまった食材とちょうど同じように、確かな損失として数えるべきです。

この機会の無駄が序列の四番目にとどまるのは、食材の廃棄や取り違えの手直しのように、費用が店から直接出ていくわけではないからですが、そうして逃してしまった売上の総量は決して小さなものではなく、その席の埋め方しだいで店の伸びしろを大きく左右していくという点は、やはり見逃すわけにはいきません。

予約を電話だけに頼って受けていると、営業のさなかにどうしても取り切れなかった申し込みが、そのまま黙って他の店へと流れていってしまい、しかもその流出は記録にすら一切残りませんので、店主が損失の存在にまるで気づかないまま、貴重な来店の機会がひそかに漏れ続けていくという事態が起こります。

予約を画面からいつでも受けられる仕組みをきちんと整えておけば、閉店した後の時間帯でも、混雑のまっただ中でも、申し込みを取りこぼすことなく拾えるようになり、深い夜にふと思い立った客の予約までも逃さず受けられますので、これまで気づかぬうちに逃していた需要を、静かに回収できるようになっていきます。

来店の記録から時間帯ごとの席の空きの型をつかんでおけば、席がとりわけ埋まりにくい谷の時間帯へ向けた小さな誘いをあらかじめ設けられるようになり、今ある設備をそのまま使いながら席の稼働をぐっと押し上げていけますので、空席という無駄は、ちょっとした工夫しだいで着実に減らしていくことができます。

直前になってからの予約の取り消しや、連絡のない無断の不来店もまた、貴重な席をむだに空費させてしまう大きな一因であり、事前の確認の連絡を仕組みで自動的に送るようにしておけば、うっかりの取り消し漏れが減るうえに、空くと早めに分かった席を別の客へと回すための時間の余裕までも生まれてきます。

予約の記録が日々きちんと積み上がっていけば、混みやすい日と空きやすい日のおおよその型がしだいに読めるようになり、仕込みの量や人手の配分を先回りして整えられるようになりますので、取りこぼしを防ぐための仕組みは、結果として食材の廃棄や働き手の時間の無駄までも、まとめて一緒に抑えていってくれます。

席を埋めていく工夫は、必ずしも値引きだけに頼る必要はまるでなく、待たされることなく料理が届くという快適さや、落ち着いた時間帯ならではのゆったりとした居心地を丁寧に伝えるだけでも、客の足を十分に引き寄せられますので、店の利益を削ることなく席の稼働を高めていく道が、確かにいくつも残されています。

逃してしまった機会というものは、店の帳簿のどこを探しても赤字としては記されないため、店主が意識してそれを数えようとしなければ、永遠に見えないまま放置され続けてしまいますので、まずは空席や取りこぼしを、はっきりとした損失として記録に起こしていくことが、この無駄と真剣に向き合っていくための第一歩になります。

埋まらないままの席と、みすみす逃した予約は、店の仕組みさえきちんと整えてやれば十分に拾い直せる無駄であり、費用そのものの流出こそ伴わないものの、そうして積もりに積もっていった機会損失の重さゆえに、損失の序列の四番目に、しっかりとその名を連ねておくにふさわしい相手だと言えます。

五番目は紙と転記に費やす事務の無駄です

損失の序列の五番目に挙げておきたいのは、紙の伝票や台帳に数字を書きつけ、それをまた別の紙へと丁寧に写し替えていく、そうした裏方の事務作業のほうへ費やされていく時間の無駄であり、一つ一つは実に地味でありながら、店の見えない裏側で静かに、しかし確実に時間を吸い取り続けている相手です。

注文の内容を紙に書きつけ、その日の売上を台帳へと写し、仕入れをまた別の帳面へと記し、働き手の勤務を手作業で集計していくといった転記の一連の連なりは、同じ一つの数字を何度も何度も書き直す重複をその内側に含んでおり、その終わりのない繰り返しが、そのまま店の貴重な時間の流出になっていきます。

この事務の無駄が序列の五番目にとどまるのは、一件あたりの損失がごく小さいからにほかなりませんが、それは毎日欠かさず発生し続けるうえに、写し間違いといった新たな間違いを生む温床にもなりやすいため、そのまま放置しておけば、序列の上位に並ぶより大きな無駄を、静かに太らせていく下地となってしまいます。

手書きの数字を、ある場所から別の場所へと人の手で写していく作業には、必ず一定の割合で写し間違いが紛れ込んでしまうものであり、そのわずかな誤りが、会計の食い違いや在庫の読み違えといった、より大きな混乱を招いていきますので、転記の無駄は、店の時間だけでなく、数字の正確さそのものまでも損なっています。

注文や会計、そして在庫や勤務の記録を、すべて一つの仕組みでつなげてしまえば、一度そこへ入力した数字が自動で必要な場所へと回っていくようになり、まったく同じ数字を何度も書き写していく手間がまとめて消えてなくなりますので、これまで閉店後に机へ向かって過ごしてきた時間が、目に見えて短くなっていきます。

紙の帳面は、いざ何かを探そうとするときにも意外と手間がかかり、過去の数字を振り返ろうとするたびに、分厚い束を一枚一枚めくっていく時間が生じてしまいますが、数字が仕組みの中に整然と残っていれば、必要な記録を瞬時に取り出せますので、店を振り返るその速さそのものが、以前とはまるで変わってきます。

事務のこうした無駄を減らしていけば、閉店後も遅くまで店に居残って集計に追われるという夜が減っていき、働き手にのしかかる負担が着実に軽くなっていきますので、金額の帳簿にはなかなか表れてこない、人が長く働き続けてくれるという定着の果実までも、あわせてしっかりと手に入れることができます。

ここで紙をなくすことそのものが目的なのではなく、これまで転記へと奪われ続けてきた時間を、接客や仕込みといった、店の価値を実際に生み出す仕事のほうへと移していくことこそが本当の狙いであり、削った事務の時間が店の本業を厚くしていくほど、この取り組みの持つ意味は、いっそう大きく増していきます。

事務の効率化は、何も大掛かりな仕組みを一度にまとめてそろえなくとも、まずは最も手間のかかっている転記の作業を一つだけ選び出し、それを自動のほうへと移していくところから始められますので、まずは小さく試して効き目を自分の目で確かめながら、少しずつ広げていくという足取りが、いちばん賢明だと言えます。

この事務の無駄は、損失の額こそ序列のなかで最も小さいものの、それでも毎日必ず発生し続けるうえに、序列の上位に並ぶより大きな無駄と手を組んで、店の時間を裏側から蝕んでいく性質を持っていますので、序列のいちばん底に位置していながらも、決して安心して放置してよい相手ではないのです。

紙と転記の無駄を締めていくことは、飲食店のdxが、その土台としていちばん最初に整えておくべき部分であり、ここがきちんと整って初めて、序列の上位に並ぶより大きな無駄と正面から向き合っていくための、数字と時間のゆとりが生まれてきますので、序列の底からの地道な見直しにも、確かな意味があります。

序列を自店に当てはめ上から順に潰していってください

無駄の序列をただ知っただけでは、店は残念ながら何も変わらず、その一覧を自分の店の生々しい現実のほうへと引き写し、いったいどこから手を付けていくのかを自分の頭で決めて初めて、損失は実際に減り始めていきますので、ここからは、序列を机上の知識から日々の実践へと移していくための道筋を、具体的にたどっていきます。

一般には食材の廃棄が損失の頂点に立つものですが、席数のとりわけ多い店では空席の損失が跳ね上がり、予約に強く支えられている店では取りこぼしが重くのしかかってくるというように、店の性格や成り立ちしだいで、その順位は静かに入れ替わっていきますので、まずは自分の店の損失を、種類ごとに丁寧に測ってみてください。

損失を測るといっても、そこに難しい作業はまるで必要なく、実際に廃棄した食材、空回りしてしまった時間、作り直しになった皿、だれも座らず空いたままだった席、そして写し替えに費やした帳面のそれぞれを、まずは一週間だけ数えて書き留めていくだけで、自分の店だけの無駄の序列が、おおよその形を見せ始めてくれます。

自分の店の序列がひとたび見えてきたら、そのなかで最も重い無駄のほうから順に手を付けていくのが定石であり、あれもこれもと一度にまとめて挑んで店の力を分散させてしまうよりも、序列の頂点にある一つへとまず集中して、確かな成果を一つ出すほうが、そこから次へと進んでいくための勢いもまた、自然に生まれてきます。

ある一つの無駄を削っていく取り組みは、往々にしてそのすぐ隣にある別の無駄までも一緒に軽くしてくれるものであり、たとえば翌日の来客の見積もりを正すだけで、食材の廃棄と仕入れの過不足とが同時に減っていくように、序列の上位から潰していくほど、その下位に並ぶ無駄までも連れだって、静かに縮んでいってくれます。

手を付けていく順序をきちんと決めたら、実際に削り始める前の数字を必ず記録として残しておき、取り組みを終えた後に、それがいったいどれだけ減ったのかをきちんと見比べてみてください。その効き目がはっきりと数字のかたちで見えれば、働き手の納得も得やすくなり、次の一手へと踏み出す足取りも、いっそう軽くなります。

無駄を減らすための道具を選ぶときには、自分の店にとって最も重い無駄に効くものから順に選んでいくのが筋であり、世間の評判や目新しさにばかり引かれてあれこれそろえてしまうと、自店の序列とまるで噛み合わない仕組みばかりが増えていって、かえって事務の無駄のほうを、余計に太らせてしまいかねません。

何もかもを一度に変えてしまおうと焦るのではなく、まずは最も重い無駄を一つ確実に削り切ってから、次の無駄へと移っていくという階段を上るような進め方であれば、現場に生じる混乱を最小限に抑えつつ、着実に前へと進んでいけますので、無駄の序列は、取り組みを進めていく順番を教えてくれる、頼れる道しるべとして働きます。

そうして削った無駄が新たに生み出してくれた余力は、そのまま次の無駄へと挑んでいくための確かな元手となってくれるものであり、そこで浮いた時間や利益を、また別の仕組みや人のほうへと振り向けていくほど、無駄を減らしていく好ましい循環がしだいに回り始めますので、まずは最初の一段を上り切ることが、何よりも大切です。

自分の店の序列は、一度きちんと決めてしまえばそれで終わりというものでは決してなく、季節の移ろいや客層の変化とともに、その順位は絶えず静かに動いていきますので、折に触れて損失を測り直しては、そのときどきで最も重くなっている無駄のほうへと手を移していく、そんな柔らかさを、いつまでも持ち続けていてください。

無駄の序列を、ほかならぬ自分の店の言葉で描き直し、その頂点から一段ずつ着実に崩していくというこの進め方こそが、店の限られた力を、最も効いてくる場所へと迷わず注ぎ込んでいくための確かな道であり、大きな投資をまるで伴わずに、店の利益を守り、そして育てていくための、堅実きわまりない方法になっていきます。

まとめ

飲食店の利益を裏側から静かに削り取っていくさまざまな無駄には、確かな軽重の序列というものが存在しており、日々の食材の廃棄をまぎれもない頂点として、そこから空回りする時間、取り違えの手直し、埋まらないままの席、そして紙と転記の事務へと、損失の重さは段を一つずつ下りていきます。

この損失の順位が私たちに教えてくれるのは、店の限られた力をいったいどこから注ぎ込んでいけば、最も大きな見返りが得られるのかという、取り組みの優先の道筋そのものであり、序列の上位から順に潰していくほど、その下位に並ぶ無駄までも連れて縮んでいくという、うれしい相乗の効き目までもが期待できます。

どの無駄もみな共通して、店主の感覚のままではその正体をなかなかつかみきれず、はっきりとした数字として記録されて初めて、ようやくその本当の姿を現してきますので、実際に削り始める前に、まずきちんと測っておくという順序をどこまでも守り抜くことが、無駄との地道な戦いにおける、揺るがぬ出発点になります。

食材の廃棄を抑えれば利益がそのまま手元に残り、時間を取り戻せば接客と料理が厚みを増し、取り違えを防げば客の信頼が守られ、空いた席を埋めれば逃していた機会が生き返り、事務を締めれば店の裏側の負担が軽くなるというように、序列のどの一段にも、そこにしかない固有の実りが、しっかりと待ち受けています。

これらの無駄を一つずつ減らしていく取り組みの全体は、飲食店のdxと呼ばれるものであり、機械や仕組みへと委ねられる部分が増えていくほど、人の手と時間は、客一人一人の食事へとあらためて向き直るだけのゆとりを取り戻していき、効率と心配りとが、互いに争うことなく同じ方向を向いて進んでいくようになります。

ここで何よりも大切なのは、示された序列を一般論のままそっくり受け取ってしまうのではなく、ほかならぬ自分の店の損失を種類ごとに一つずつ数え上げ、その店だけの順位をあらためて描き直したうえで、その序列の最も重い一段から迷わず手を付けていくという、地に足のついた実践の姿勢にほかなりません。

無駄の序列を自店に引き写して上から潰していく営みは、一度やり切れば終わりというものではなく、季節や客層とともに順位が動くたびに繰り返していくべき果てのない取り組みですが、その一巡ごとに店は確実に無駄の少ない筋肉質な体へと近づいていきますので、面倒がらずに何度でも測り直していってください。

無駄を減らしていくこの取り組みは、店を守るための後ろ向きの節約などでは決してなく、そこで浮いた時間と利益を、より良い食材や働き手のためへと振り向けていくための、確かな元手を生み出す前向きな投資であり、店の未来そのものを静かに太らせていく行いにほかなりません。

序列の上位から一段ずつ着実に崩していけば、店の内側からは重い無駄が抜けて身軽になっていき、その分だけ働き手の表情には余裕が戻り、客と交わす言葉にも自然と温かみが宿るようになりますので、無駄を締めることは、めぐりめぐって店の接客そのものを豊かにしていってくれます。

数字として無駄を測り、序列を描き、上から潰していくという一連の営みは、一度身につけてしまえば、たとえ店を取り巻く環境が移り変わっても揺らぐことのない、確かな店の体力として残り続けますので、その最初の物差しを、まずは自分の手で一つ、店に置いてみることから始めてください。

店の無駄の頂点を、今日この日から数字できちんと見つめ始めていけば、半年ののちの店は、かつて勘だけを頼りに走り続けていた頃には決して届かなかったはずの、利益の厚みと働き手のゆとりとを、その手にしっかりと収めているはずですので、まずはこの一週間、自分の店の無駄を数えてみることから始めてみてください。